前副町長「名誉毀損で新聞を訴える」と言ったまま何もせず沈黙:【検証 屋久島町政】(25) 出張旅費不正問題
記者会見から丸2年、刑事告訴も民事提訴もしないで放置
(この検証シリーズは随時掲載しています)

岩川浩一副町長(当時)が「見積もり段階でもらった」とする虚偽領収書。金額に7万2220円、但し書きに鹿児島~名古屋航空券代と記載されているが、実際の金額は2万6110円、但し書きは名古屋~鹿児島 片道航空券代だった
屋久島町幹部らによる一連の出張旅費不正問題は、荒木耕治町長に引き続き、岩川浩一副町長(当時)も2020年4月21日に刑事告発される展開になりました。容疑は詐欺と虚偽有印公文書作成・同行使で、計2回の出張で虚偽領収書を使って精算し、実費より高額の旅費を受け取った疑いがあるというものです。そして、同月末日、岩川副町長は計8年の任期を終えて、副町長を退任しました。
前副町長、社会的制裁を受けたとして起訴猶予に
この告発を受けて、岩川前副町長は同年10月16日に検察で起訴猶予の不起訴処分となりました。起訴猶予は不起訴のなかで最も重い処分です。告発された容疑の事実は認められたのですが、減給などで社会的制裁を受け、本人も反省しているとして、検察官が裁判になるのを免除するために起訴を猶予したのです。言い換えると、もし容疑を否認すれば、起訴されて有罪になる可能性が高いということです。
処分決定前、記者会見で司法闘争を公表
ところが、その処分が発表される3カ月前の7月20日、町民にとっては想定外のことが起こります。岩川前副町長が弁護士と一緒に鹿児島県庁で記者会見を開き、自身の旅費不正問題を報じた新聞記事2本が名誉毀損に当たるとして、新聞社と記者らを訴えるというのです。それも、刑事告訴をしたうえで、さらに民事提訴もするという、大がかりな司法闘争をすると発表したのです。

岩川浩一副町長(当時)が航空券代の支払い記録として町に提出した領収書。実際には6万6000円の金額には航空券代とホテル代が含まれていた
「許しがたい報道」と主張、しかし告訴も提訴もせず
あらかじめ、その後に検察で起訴猶予になることがわかっていれば、そんな記者会見は開かなかったのかもしれません。しかし、岩川前副町長はテレビカメラや記者たちに向かって、こう主張しました。
「私自身、この二つの報道により、地元では犯罪者扱いを受けており、非常に許しがたいものだと思っています」
さらに、報道に対して「怒りの持っていきようがない」として、刑事と民事の両方で訴えることを「自分で決めたというのが、いまの心境です」と述べました。
ところが、その後、岩川前副町長は刑事告訴も民事提訴もしませんでした。そして、その記者会見から今年の7月20日で丸2年を迎えますが、岩川前副町長はじっと沈黙を貫いています。
▶今回のポイント
・町長に続き前副町長も旅費不正で刑事告発
・前副町長は会見で自身の報道に対し刑事告訴と民事提訴すると発表
・その後、検察で起訴猶予となり刑事も民事も訴えず
今回は、2020年7月20日に鹿児島県庁であった記者会見から岩川前副町長の主な発言を振り返ってみましょう。
*
岩川浩一前副町長が記者会見を開いた鹿児島県庁(via WikiMedia Commons, Creative Commons Attribution-Share Alike 4.0)
「私が通常より多額な旅費を得ようとし、旅行会社に意図的に高い領収書を書かせたという、この二つの新聞の指摘は全く当たらない、誤りであるということが、ごく普通な物の見方ではないでしょうか。このことは、私は警察の捜査のなかでも、詳しく説明して、一定の理解は得られたと考えています」
「私自身、この二つの報道により、地元では犯罪者扱いを受けており、非常に許しがたいものだと思っています。かつ、私を含めた家族が非常に精神的な大きな負担を強いることになりました。(中略) 民事訴訟あるいは刑事告訴、これをしないと、どうにも自分の周りの同僚と家族を含めて、怒りの持っていきようがないということで、この民事訴訟と(刑事)告訴を行うということを、自分で決めたというのが、いまの心境です」
*
▶今回の教訓:記者会見は自身の刑事処分が決まってから開く
名誉毀損で刑事告訴と民事提訴をする!
そう2年前に記者会見で発表したまま、ずっと沈黙を続けているので、いま現在、岩川前副町長が何を考えているのかはわかりません。自身の予想に反して、検察で嫌疑不十分ではなく、起訴猶予で容疑事実が認められたため、刑事告訴と民事提訴を見送ったのかもしれませんが、本当のところは本人にしかわかりません。
一方、鹿児島県内のマスコミ各社を集めて、あれだけ大々的に記者会見で発表したのですから、その後にどうなったのかは、屋久島町の副町長だった元公人として、やはり説明する必要があるでしょう。
もし、自身の刑事処分が決まった後に記者会見を予定していれば、こんな事態にはならなかったかもしません。
