【タイムライン】職員の過重労働死で屋久島町が提訴されるまで 町営牧場・過重労働死問題
体調不良を押して1人勤務を継続 ➡ 虚偽の勤務記録で公務災害に申請できず ➡ 遺族が交渉し公務災害 認定
過重労働で死亡した職員と遺族の記録
【上】屋久島町の荒木耕治町長(あらきこうじ後援会ウェブサイトより)【下】屋久島町職員が過重労働で死亡した町営長峰牧場の衛星写真(グーグルアースより)
2019年8月に屋久島町営の長峰牧場で町職員の田代健さん(当時49)が公務中に死亡し、過重労働による公務災害と認定された問題を受けて、田代さんの遺族は10月19日、屋久島町(荒木耕治町長)を相手取り、約7000万円の損害賠償を求めて鹿児島地裁に提訴する。
提訴を前に屋久島ポストは、田代さんが長峰牧場で働き始めてから亡くなるまでの経過に加え、今年2月に公務災害に認定され、提訴に至るまでの経緯を時系列にまとめた。
・2014年10月1日
田代健さんが業務委託契約を屋久島町と結び、町営の長峰牧場で働き始める。業務委託料は年281万400円で、毎月23万4200円ずつを支払う契約だった。
・2018年4月1日
地方自治体が個人との間で業務委託契約を結ぶのは法的に問題があるとの指摘を受けて、町は田代さんと雇用契約を結び、それまでの業務委託を解消した。勤務条件は週40時間、週休2日、時間外賃金は発生しない規定で、月給は23万9000円だった。
その後、田代さんは農林水産課(現産業振興課)の畜産係長から指示を受け、実際の勤務時間を勤務日誌に記入すると労働基準法違反になるため、雇用契約どおり勤務時間は週40時間として、週休は1日、勤務時間を1日6時間半と記入させられるようになった。
・2019年4月8日
田代さんの同僚職員が産業振興課の鶴田洋治課長(当時)と面談し、「仕事がきついので、職員を増やしてほしい」と要望。それに対し、鶴田課長は「予算がなくて、すぐには無理だが考えておく」と言って、「作業がしんどいのであれば、休むように」と指示した。
・8月2~4日
同僚職員が急性肝炎を発症して休み、田代さんは完全な1人勤務になる(3日間)。
・8月5日
田代さんは早朝から1人勤務をしていたが、13時ごろに体調不良で早退。屋久島徳洲会病院で受診したところ、急性胃腸炎と診断された。田代さんが早退したのちに、同僚職員が交代で職場に復帰。田代さんの体調不良について、別の町営牧場で勤務する牧場長に報告したが、応援要員の派遣はなかった。
・8月6~7日
田代さんが休んで静養し、同僚職員が完全に1人勤務(2日間)。
・8月8日
朝6~8時に同僚2人で作業したのちに、同僚職員は急性肝炎の療養で休みに入り、田代さんが1人勤務。その後、田代さんと連絡が取れなくなり、同僚職員と田代さんの義兄が18時ごろから牧場内を捜索し、18時20分ごろに牧場の水源で倒れた田代さんを発見。夜、屋久島徳洲会病院に搬送され死亡を確認。「死因不明」とされたが、司法解剖は行われなかった。
・8月11日
田代さんの通夜があり、その際に町職員から公務災害の申請手続きを行う旨の説明があった。
・9月13日
町が地方公務員災害補償基金の鹿児島県支部に公務災害の申請書一式を提出。
・9月27日
同基金の鹿児島県支部が町にメールを送信し、勤務時間や雇用契約などについて確認を求める。
・11月27日
公務災害の申請について、町から何も連絡がないため、田代さんの遺族が町に問い合わせをする。
・11月29日
同基金の鹿児島県支部が町に電話連絡をして、田代さんは勤務時間が短いために常勤的非常勤職員に該当せず、公務災害ではなく労働災害の対象ではないかとの見解を示す。
・2020年2月17日
同基金・鹿児島県支部は町に電話連絡をして、基金本部とも協議した結果、田代さんは常勤的非常勤職員に該当しないとの結論になったと報告した。それを受けて、町は労災への申請を検討する旨を遺族に伝えた。
・2月28日
遺族からの要望を受けて、町は同基金・鹿児島県支部に文書を送付し、田代さんが常勤的非常勤職員に該当しないとの結論になった理由などを質問した。
・3月26日
同基金・鹿児島支部から質問に対する回答があり、2019年10月23日に町が提出した牧場業務日誌が客観的に勤務実態を把握できる資料であると考えられ、勤務時間(1日6時間半)が短いために常勤的非常勤職員に該当しないと判断した、と伝えられた。町は遺族に基金支部からの回答を伝えたうえで、公務災害の申請ができないため、労働基準監督署に労災申請をすると説明した。
・5月19日
労災申請に関する連絡が4カ月経っても来なかったため、遺族が町に電話で問い合わせをすると、町が何も申請手続きをしていなかったことが判明。
・6月10日
遺族が鹿児島労基署を訪問して労災申請について相談。労基署の労災担当者は「公務災害の対象」との見解を示した。
・6月11日
遺族が労災申請の書類一式を鹿児島労基署に提出。
・2021年3月4日
鹿児島労基署から遺族に通知書が送付され、地方公務員災害補償法における常勤的非常勤職員に該当するため、労災の対象ではないとの判断が示された。
・3月19日
遺族が産業振興課の鶴田課長らと町役場で面談。遺族側からは、同僚職員の証言などを基にして実際の勤務記録を作成して、公務災害に申請してほしいと伝えた。だが、町側は非常勤職員らが対象となる鹿児島県市町村総合事務組合の補償に申請することを主張し、協議は平行線となる。
・3月25日
総務課の鎌田嘉勝課長(当時)、産業振興課の鶴田課長らと町役場で面談。再度、遺族側から公務災害に申請してほしいと伝えたが、町側との協議は不調に終わり、今後は代理人を通して町と交渉する旨を伝えた。
・4月26日
鶴田課長、総務課の統括係長、町法務事務専門員が遺族を訪ね、それまでの町側の主張を一転させて、公務災害に申請すると伝えた。
・5月19日
町は同基金・鹿児島県支部に公務災害を申請。同僚職員の陳述書および実際の労働実績に即した勤務記録を作成して添付した。
・5月27日
同基金・鹿児島県支部が町に質問書を送付。町の勤務記録に誤りがあった理由などについて説明を求める。
・6月7日
町が質問書に対する回答書を同基金・鹿児島県支部に送付。
・2022年3月25日
町が同基金・鹿児島県支部に関係資料を提出。
・4月9日
町の回答書について、遺族が開示を求めたところ、事実と違う事が記されていたことが判明。
・4月25日
遺族側から同基金・鹿児島県支部に意見書を出し、町の回答書に反論。
・2023年2月14日
同基金・鹿児島県支部が公務災害を認定して遺族に通知書を送付。田代さんの死因は、長時間の過重労働が原因で発症した心筋梗塞とされた。
・3月7日
町議会3月定例会が開会したが、公務災害の認定について、荒木耕治町長は「諸般の報告」や「行政報告」のなかで何も言及しなかった。また、総務課の岩川茂隆課長は「その原因が(地方公務員災害補償基金から)詳細に示されてない」として、この公務災害について公に報告する予定がないことを明らかにした。
その後、遺族が同基金・鹿児島県支部に電話で確認したところ、基金側から町に対して、公務災害の認定理由が記載された文書が必要かどうか尋ねたところ、町側が必要ないと断っていたことが判明した。
・10月現在
過重労働による心筋梗塞で死亡したとする公務災害の認定理由に対し、町は「過重労働はなかったという認識」だとして、同基金の判断を否定する見解を示している。公務災害の認定後、約8カ月間にわたって、荒木町長は遺族への謝罪や、哀悼の意を伝えるなどの対応はしておらず、公務災害の事実を公に報告することもしていない。
・10月19日
遺族が町を相手取り、約7000万円の損賠賠償を求めて鹿児島地裁に提訴。
■屋久島町営牧場 過重労働死問題 記事一覧
自分を庇う事がこの荒木さんの仕事です、町民の事、町の事、そんな暇はこの人にはないんです。頭の中はどうして問題を乗り切ろうか!それが毎日!
他人事ながら、涙と共にやり場の無い憤りを禁じる事が出来ません。
この町長に人の心があるのだろうか?
部下の職員までが情けない対応である。幹部職員の誰ひとりとして、この裸の王様に諫言するような勇気ある人物は居ないのか、情けない限りである。
幹部職員諸君、君たちが立ち上がらなければ、この町は終わってしまう。
裸の王様を此れ以上自由気ままにさせたら、完全にこの町は終わります。
再選させない事がまずは先決です。
勤務時間の改竄は後々町が不利にならない為のもの、悪質極まりない。
しんどいなら休めとは、生き物相手の仕事を甘く見すぎていませんか。
国会議員への貢ぎ物の分と出張費不正精算が常習化している分を正常化すればもう一人雇用位の予算はありますよね。
黒字計上しなければならない為の人件費削減と見てますが、あまりにも非道過ぎる対応に怒りが込み上げる。
職員は事務処理さえしていれば人の心は無くても良いのですか。
町長、貴殿は全てにおいて管理能力皆無です。
そんな人を性懲りもなく支援している議員、有権者!少しはこの島の事考えなさい。
鶴田課長には、人を雇用する能力が無かったと言わざるを得ない。
現場からのSOSに対して未対応。
休むように指示して、二人とも体調崩していた。
勤務時間記録の、改竄命令。
遺族との通夜の席での約束(公務災害への申請)を果たさない。
遺族が粘り強く動かなければ、そのままないがしろにされてしまっていた案件
ひどすぎる。
そして、未だに
町は瑕疵について争う構え。
責任逃れの道ばかりを模索している。
>責任逃れの道ばかり
全てに亘ってです。